6/2、サボる
自転車でこけて悲しくなって夜家に帰ってからも何もできなかった。昨日言ってたことは明日ちゃんとやりたい。
6/1、決意する
1月5日にすべてを投げ出して、それから一文字も卒論を書いていない。遊んでいたら冬が終わり、春が来て、長雨が降り、初夏になった。さっき先生と話していたら「学生時代は4年生の4月に卒論を書き終えていた」とかなんとか仰っていて、我が身を振り返り戦慄した。やるぞ。やる。今日からやる。
最近実家にいる母と電話するたび、その近くで静かに座っているだろう祖母の気配が気になる。今年で91になる彼女、留年することを報告した時、誰よりも憤懣やるかたない様子で「あんた早く書き終えなさいよ。あたしに絶対読ませなさい」と語気を強めていた。ハイ、勿論、夏には書き終えられるのではないでしょうか、頑張ります、適当にいなしたのがもう半年前、今日から6月、もう夏である。頭を抱えて床を転がっている。
などと言ってみるが、焦っても仕方ないのはもう経験済みで、必要なのは小さな積み重ねである。コツコツやることを面倒くさがらないことである。「きっと最後に大どんでん返しが」などと期待を持たないことである。悩みは具体的に。実際的な解決を。
取り敢えず、ローテーブルで快適に勉強できるよう、無印良品で座布団を買ってきます。
斜陽
人間は、万物の霊長だなんて威張っているけど、ちっとも他の動物と本質的なちがいが無いみたいでしょう? ところがね、お母さま、たった一つあったの。おわかりにならないでしょう。他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。いかが?
土佐日記
うつたへに忘れなむとにはあらで、恋しき心地、しばしやすめて、またも恋ふる力にせむ、となるべし
子をなくした母の意地